ライター:雨宮みずほ     きもの好きが高じて2011年4月に『東京きもの案内』を出版しました。園芸や日々の出来事などをゆるゆると綴っています。記事内容の転用、写真の使用はご遠慮願います。


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江戸東京の宝船 -番外編・銭湯

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今週は、東京で頒布される宝船図を紹介してきましたが、番外編としてご紹介するのが銭湯の宝船です。

こちらの宝船は、北区にある昔ながらの銭湯「川嶋湯」さんの入口にある宝船。江戸風銭湯には、玄関正面の男湯と女湯に分かれる壁に立派なタイル絵を見ることが多く、まずお客さんを出迎えるところに、このお目出度い「宝船」があるというわけです。

私が東京にやってきて、「さすがお江戸の銭湯!」と感激したことのひとつに



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by rojiuratanken | 2009-12-11 22:44 | 銭湯&温泉 | Comments(0)

江戸東京の宝船 - 十番稲荷神社

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花園神社のつぎにご紹介する宝船は、麻布にある十番稲荷神社です。カラーコピーで印刷された宝船図は、七福神に鶴亀と富士山が描かれた最もポピュラーな図柄です。
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さて、こちらの宝船は、戦後、港区の七福神の巡りの企画が始まり、「宝船のお社」として頒布し始めたといいます。しかし、なぜ、「宝船のお社なの?」ということで宮司さんにお聞きしてみると、

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もともと、十番稲荷は末廣神社(旧坂下町・地図上では坂下町と書かれた坂の横の赤い部分)と竹長神社(旧永坂町・長坂町と書かれた下・高イナリと記述)の神社が合併した神社。その竹長神社では、戦前まで宝船の巡拝所として知られ、安藤広重の宝船があった(現存せず)という由来もあり、「宝船のお社」と呼ばれるようになったそうですよ。

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平成7年には社殿を新築し、七福神が乗った宝船の石造も建っています。

■DETA 港区麻布十番1-4-6
     宝船は年中頒布されています

◆参考ブログ
妻恋神社の宝船はこちら 
向島百花園の宝船はこちら
五條天神社の宝船はこちら
花園神社の宝船はこちら
番外編 銭湯の宝船はこちら
宝船について友人のHPでお話させていただいたHPはこちら




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by rojiuratanken | 2009-12-10 21:39 | 歳時記 | Comments(0)

江戸東京の宝船  -花園稲荷神社

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上野の五條天神社の宝船図の次は、同境内にある、花園稲荷神社の宝船を紹介します。
こちらの宝船の起源等は、わかりませんが、帆かけ舟に珊瑚?などのお宝が乗り、バックには富士山が描かれています。野生司香雪書と書かれていますが、野生司香雪さんは、戦前の仏教画家のようですね。

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こちらの神社は、ちょっと薄暗くうっそうとした森のような雰囲気が漂っています。神社の起源は、不祥だそうですが、古くからこの場所にあり上野の忍岡稲荷(しのぶがおかいなり)と言われたそうです。

江戸時代には、天海大僧正の弟子、晃海僧正が、廃絶していたお社を再建し上野の山の守護神とし、その後、明治六年に岩堀数馬、伊藤伊兵衛等の篤志家によって再興され、花園稲荷と改名したのだそう。

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花園稲荷の境内右手奥には、お穴様と呼ばれる穴稲荷があります。このお社は、寛永寺が出来る時忍岡の狐が住む処が無くなるのを憐み、天海が一洞を造り社を祀ったと言われていますが、まさに狐でもでてきそうな独特な雰囲気。昼間でも提燈がともされ一人で入るにはちょっと恐い感じですが、是非覗いてみてください。


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そして、花園稲荷の朱色の鳥居もなぜか引き込まれる雰囲気をただよわせています。上野の森の中に存在する、もう一つの森。ちょっとした異空間が楽しめます。

■DETA 台東区上野公園4-17 (宝船図は五條天神社で年中頒布されています)

◆参考ブログ
妻恋神社の宝船はこちら 
向島百花園の宝船はこちら
五條天神社の宝船はこちら
十番稲荷神社の宝船はこちら
番外編 銭湯の宝船はこちら
宝船について友人のHPでお話させていただいたHPはこちら

 
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by rojiuratanken | 2009-12-09 01:58 | 歳時記 | Comments(0)

江戸東京の宝船 -五條天神社

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妻恋神社の宝船の次に紹介するのは、上野公園内・不忍池近くにある五條天神社さんです。
正月1日・2日には「宝舟の神事」が行われ、霊山筆の版画の筆書きの宝船が頒布されます。東京の宝船は七福神が乗った図柄が多いのですが、こちらは帆に宝珠が描かれただけのシンプルな図柄。筆に勢いを感じます。

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五條天神社の起源は、「約1890年前、日本武尊が東夷征伐の為、上野をお通りになった時、薬祖神の大神に御加護を頂いた事に感謝して上野の地に両神をおまつりした」といわれ、医薬神社として知られています。

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江戸時代、参詣客でにぎわったようで、江戸名所図会(上)にも描かれています。現在も行われている節分の「うけらの神事」のことも書かれています。

さて、五條天神社は、京都の五條天神社から勧請された神社ではないかとも言われています。私もその説もありかな! と思っています。というのも、京都の五條天神社の宝船が、現在最も古いといわれるものなのです。宝船と関係の深いと思われる少彦名命を奉っていることや、今なお「宝舟の神事」が行われていることから考えてもやはり何か関係があるのではないか?と思ってしまいます。

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写真は、1月25日に行われる「鷽替えの神事」で授与される「鷽」です。お正月3が日にも授与されるということなので、宝舟とともに縁起かつぎもいいですね。



■DETA 台東区上野公園4-17 (宝船図は年中頒布されています)

◆参考ブログ
花園稲荷神社の宝船はこちら
妻恋神社の宝船はこちら 
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十番稲荷神社の宝船はこちら
番外編 銭湯の宝船はこちら
宝船について友人のHPでお話させていただいたHPはこちら


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by rojiuratanken | 2009-12-08 20:22 | 歳時記 | Comments(0)

江戸東京の宝船 -妻恋神社

「もういくつ寝るとお正月♪」とお正月の声が聞こえてくる季節になりました。今週は、お正月の2日の夜に枕に敷いて寝ると良い夢を見られるという縁起物の「宝船図」を紹介します。
今回、紹介するのは、湯島・妻恋神社の宝船。大晦日~2日に「夢枕」という名前で授与されています。
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c0195134_1130093.jpg通常の宝船図は七福神の乗合船1枚ですが、福寿鶴亀の図がセット2枚になっているところが、とてもめずらしいですし、金色も入った6色刷りというのも美しいですね。

妻恋神社は、日本武尊が東征のときに無事に海を乗り切り一行が湯島に滞在したという故事にちなみ神社を建てたという由緒ある神社。江戸時代には、「関東稲荷総社」と言われ王子稲荷神社と並んで参詣者が多かったとか。江戸名所図にも描かれるほどの名所とあって、江戸っ子には名の知れた神社だったのでしょう。c0195134_21291393.jpg



現在の妻恋神社は、昭和20年の東京大空襲で社殿を全焼。昭和29年に再建されています。

さて、この宝船図は、近くで紙屋を商われている「ゆしまの小林」さんが神社に奉納したもの。昭和の摺師・梅原勇さんが江戸時代萬治年間(1658~60)に彫られた宝船の版木を大切に保存していたことから、小林さんが構図を復元、昭和53年から神社で再び授与されることになったといいます。


東京では関東大震災や戦災で多くの版木を焼失。戦時中は、資材不足から薪として使われてしまい、江戸の文化がつまった版木の多くが失われてしまいました。2度の災難をのがれ、大切に保存されてきた江戸時代の版木。復元し、現在の私たちに授与されることに氏子さんたちの街・神社への熱い思いを感じます。

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「当時の宝船の伝統を伝えたい」という宝船は手漉き和紙にこだわって印刷されています。「本当は昔のように手摺りにしたい。でも、そのぶん高くなってしまうから」。
少しでも当時の文化を継承したいという氏子さんの思いがつまった妻恋神社の「夢枕」。ちょっと高級感あるので、枕の下に敷くのはもったいない気もするものの、ここはお正月の縁起物、ちょっと奮発して初夢をみてはいかがでしょうか。

夢枕画像は禁無断転載
■住所 文京区湯島3-2-6
■授与期間 12/31は23時~翌3時。元旦・1/2は10時~17時 

◆参考ブログ 
妻恋神社HP はこちら
五條天神社の宝船はこちら
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番外編 銭湯の宝船はこちら
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by rojiuratanken | 2009-12-07 08:53 | 歳時記 | Comments(0)

江戸東京の宝船 -向島百花園

元旦の夜、良い初夢が見られるように枕の下に敷いて寝たという縁起物の『宝船』。江戸時代には大流行し、神社で授与されたり、町には宝船を売る「お宝売り」もいたといいます。
この宝船の絵に出会うきっかけは、先日紹介させていただいたエキグチクニオさんのお教室で「宝船」を刷ったことがはじまりでした。都内には、まだ幾つか宝船を頒布している場所がありますが、今回は、向島百花園の宝船図をご紹介します。


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「春は梅見、秋は月見」として知られた百花園はお武家さんではなく骨董商で財をなした佐原鞠塢(きくう)という民間人が作ったのだそう。隅田川の波間に浮かぶ「都鳥」が百花園らしい図柄ですし、「田舟」に乗った七福神のほのぼのした表情に心がなごみます。


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by rojiuratanken | 2009-01-26 20:09 | 歳時記 | Comments(0)